この日は今年最後の鈴木邦男ゼミへ。ゲストは、元文部省官僚で 「Mr. ゆとり教育」 の異名をもつ寺脇研さんです。ゆとり教育については教育界だけでなく企業やマスコミからもバッシングされています。「ゆとり世代」 はネガティブな響きばかり。たにやんが勤務する塾・予備校の講師たちも “失敗” と口を揃えます。ご本人はどう考えておられるのか。実に楽しみです

冒頭、いつものように鹿砦社の松岡社長から挨拶がありました。1年間、色々なことがありましたが、このゼミを続けられ、いつも盛況であることが何よりの成果。そのとおりです
脱原発など課題も満載です。これからも突き進みましょう
寺脇さんは、京都造形芸術大学の教授であり、映画評論家であり、落語評論家でもあります。頭がキレて、かなり饒舌です
最初からエンジン全開でしたので、思わず 「ゆとり教育」 のことなど忘れて聞き入ってしまいました。
今日のテーマは 「教育」 と 「映画」 と 「落語」 という3題でいきましょう。 私の友人に快楽亭ブラックという個性の強い落語家がいます。先日お亡くなりになった立川談志さんの弟子です。もっとも、彼は破門されていますが(笑)。借金が絶えなかったとかで。彼は同い年で、ともに映画好きということもあって古くからの友人です。私が鈴木さんと初めてお会いしたのは彼の落語会でした。とても面白い場所で出会いました。
私は 「ゆとり教育」 の件で “国賊” とか “売国奴” とかネット等で言われています。そういった言葉は右翼
の方から言われることが多い。今日は、完全にアウェイの心境です(笑)
『かすかな光へ』 という素晴らしいドキュメンタリー映画があります。左派教育学者の神様・太田尭さんを描いた作品です。彼の教育思想は、私と極めて近いです。1970年代まで、教育界には文部省
日教組という構図があって、「子どもを教育する権利は国にあるのか教員にあるのか」 といった議論が盛んでした。私は1975年に文部省に入省しています。1977年にあった家永教科書裁判で私は東京高裁の被告席に立ちました。そこで太田尭さんが家永側の証人に立ってこう言いました。「教育はそもそもおかしい。学習が前提にあるべきだ」。教育ではなく学習。これでした。敵ながらアッパレです。私のモヤモヤしていたものが吹っ飛びました。
1984~87年にかけて、文部省(中曽根臨教審)でこれからの学校教育のあり方について議論がありました。ちょうど、少子高齢化や外国人の定住化、右肩上がり経済の終焉等が言われ始めた時代です。当時の中曽根総理は言いました。「日教組はけしからん。しかし、文部省もダメだ。こいつらが争っているからロクなもんじゃない」 と。文部省と日教組の八百長相撲がバレてたんですね。そこで議論を尽くしたんです。結論として出てきたのが 「何を学習するのかが大事」 ということで生涯教育だとなったんです。これは文部省の方針転換でした。さて、決まったんですが新しいことをやりたい役人はいませんでした。みんなこれまでどおりの 「日教組対策」 とか 「大学教育」 といったものをやりたいわけです。やり手がいないので、私がやりました。2002年に左遷されるまで15年間です。
「ゆとり教育」 は、教育ではなく学習と捉えるところが肝です。「授業時間が多ければ学力が高くなるのか」 という問いかけから始まったんです。今となって反省していることは、当時は役人でしたので “思想” がなかったことです。内心の自由はあったが、表現するのはマズかったんです。役人を辞めて5年になりますが、思想については深まってきました。当時は保守思想というのが分からなかったが、分かるようになった。右翼と保守の違いもわかる。私が “国賊” と言われてしまうのは思想を表現できなかったからだと思う。ゆとり教育について、保守的な人からは 「進歩思想だ」 と責められ、左翼からも叩かれた。「国がやることだから反対だ」 と。もう何を言っているのか。「反〇〇だからこうだ」 というのではなく、何が真実なのかをキチンと考えることが大事なのだと思う。今は左翼雑誌だと言われている 『週刊金曜日』 、保守系だと言われている『表現者』 の両方に映画評論をカ書かせて頂いている。これは私の自慢です
先週、若松孝二監督の映画 『三島由紀夫と若者たち』 の試写会
に行ってきた。超満員だった。内容も凄かった。これまでは三島ファンが監督をして撮るものばかりだったが、若松監督は赤軍派という立場から客観的に描いた。とても勇気ある映画だと思った。左翼の仲間から 「なぜ三島を撮るのか」 と聞かれることがあるそうだが 「そんなことを言う左翼はいらない」 と言ってのけた。その覚悟がすごい。若松孝二という映画監督が日本にいてよかった。
若松さんの人間的な豊かさが映画の底流にあるように感じる。ああいう監督は日本の歴史のなかで他にはいない。彼には失うものがないから怖いものがない。その覚悟があるから浅間山荘やキャタピラーのような作品ができる。自分の金で作っているから好きなことを描ける。彼を超える監督はいない。
に入るべきです
でもいいんじゃないですか。
感性がないからです。落語を少し聴いてみたら、オウムなんかに入らなかったでしょう。「ゆとり教育」 の原点もこのあたりにありました。詰め込み教育で受験をめざしたって何も良いことなんかない。感性が育たない。そこで総合学習で落語とか美術とかに触れて欲しいって思ったんです。子どもの思想訓練です。感性さえ持っていれば、刑務所に入るようなことにはならないでしょう。若い時期に何か一筋に思うものがあればいい。ただし、そこには安心なものを提供する必要があります。
また1月にも大阪に来られるので是非お会いしたいです。「教師という高度な専門職に職能団体がないのは異常」 というのはそのとおりだと思いました。日教組では

です。教育は国づくりの要です。今回聞いた 「ゆとり教育」 なら大賛成です。これからは 「思想」 を前面に打ち出して大暴れ
してほしいです。洒落を学習する機会、大賛成です
この日は午後から大阪大学へ。ブラジルから映像作家
の岡村淳監督を迎え、作品の上映会があります。企画したのは、外国語学部・ポルトガル専攻の広瀬悟君です。まだ1回生です
7月に西宮で開催した上映会 (ブラジル日本交流協会主催) に来て、岡村作品に魅せられたそうです。思いは募って母校での上映会を企画&実行
その行動力、ブラジル向きです
上映会が行われた 「21世紀懐徳堂」 は目の前に池があり、自然に囲まれた落ち着いた場所でした。
階段を上がって入り口に向かうと、岡村さんを発見
出迎えをしておられました。「おひさしぶりです
」って、4ヶ月ぶりですね。今回は新作ではありませんが、観たかった作品なので楽しみです。妻
も楽しみにしています。
岡村さんは 「10人来ればいいな~」 って言ってましたが、雨
のなか30名余りの人が集まりました。なかなかの盛況です。1本目の上映作品は 『緑の砂漠か緑の再
2本目の作品が 『赤い大地の仲間たち』 です。これは「いつでも観られる」と思いながらずっと観ていなかった作品です。日本からブラジルに渡った佐々木神父が、Parana 州奥地の Sao Jeronimo で教会と医療施設と学校を開き、身よりのない人々や土地なし農民に尽くす姿を描いた作品です。ここに出てくる日系人の Lucia 医師(皮膚科)は、たにやんの妻
の幼なじみで親友です。妻とたにやんは 「エミちゃん」 って呼んでいます。京都大学
に国費留学した優秀な医師です。彼女がハンセン病患者のために懸命に取り組む姿も記録されていました。感動です
日本に来た時にはウチに泊まっていくのですが、彼女がこんなに凄い医療をしているとは知りませんでした。佐々木神父とエミちゃんを含めた医師たち、シスターたち、スタッフたちに心から敬意を表します。広瀬君(左)と岡村監督です。「ブラジルに生きる日本人たち」を紹介する取り組み、広瀬君にはぜひ続けてほしいです。とても良い企画でした。 Meus Parabens

この日は、前日から開催しているラテン・アメリカ政経学会(理事長:浜口伸明・神戸大教授)に参加するため京都外国語大学へ。6月に、理事である立命館大学の小池洋一教授に、ブラジル日本交流協会の「やまやん先輩」を発表者として推薦していました。やまやん先輩からは朝に電話
があり、「今日、何時から発表やったっけ
駐車場
はあるんかなー」って。さすがは大物です
会場に着いたのは午後3時前。ちょうど、Nanaさん(97生)が発表するところでした。テーマは 「ブラジルにおける水法制定以前の河川流域委員会の設立経緯-市民参加による水資源管理の視点から」 です。たにやん初対面ですが、何か交流協会っぽい雰囲気を感じました
何と、たにやんブログを見て小池教授の研究室を訪ね、学会での発表に至ったとのことです。う~ん、何だか嬉しいな~
発表のパワポは、徹夜で準備したそうです。1980~90年代にかけて、サンパウロ州とリオ・グランデ・ド・スル州で水資源の持続的利用に向けていかに法的整備がなされていったのか。「市民参加」という視点から、地域間格差も含めて今後の研究課題として提示していました。専門の社会学からのアプローチです。なかなか興味深いテーマです。
15時すぎ、やまやん先輩が到着しました。ギリギリセーフです
専門分野(防災)での論文執筆も山場を迎えているとあって、ややお疲れの様子でした。シンポジウム「自然災害とラテン・アメリカ」のパネリストです。
ハイチ大地震の発表のあと、「リオ2011 洪水後のブラジル政策転換」 というテーマで発表の予定でしたが、まさかのマシントラブル
Macとプロジェクタの相性でしょうか……。先に他のパネリストからチリ大地震の発表をしていただくことに。
気を取り直して、やまやん先輩の発表です。2011年1月にリオ・デ・ジャネイロ州で起きた死者・行方不明者あわせて約1,400人、総被害者約17万人となった洪水・土砂災害について報告がありました。通常の斜面にゴミを埋め立てた上に形成された不良街区であったことが被害を拡大させたこと、電源開発の莫大なインフラ整備に対して、洪水対策が全くと言ってよいほどなされていない現状について説明がありました。
質疑応答では、東日本大震災についてブラジルで報告をした事にも言及されました。津波による被害、そして原発事故による放射能汚染についてです。ブラジルで市・州・連邦の連携がとれていないことが問題だが、日本も同様の問題を抱えています。放射能に汚染されたフクシマからの避難については、地方自治の問題ではなく中央政府が “決断” する必要があるのではないでしょうか。それにしても、人に対して「移民として受け入れる用意がある」と言えるブラジルは素晴らしいです。
浜口教授から閉会のあいさつです。そうそう。浜口さんは交流協会の84生です。大先輩です
この場に居合わせた交流協会OB&OGです。たにやん以外は、大学の教員です。交流協会は、アカデミックな団体であります
あと、徳島の八朗先輩(88期)も来られていましたが時間が押していたため急いで帰られました。八朗さん、写真の段取り悪くてすみませんでした
このあと、やまやん先輩とNanaさんと一緒にお茶
をしました。Nanaさん、滋賀から関西組への参加をたのみますぞ
この日は、妻
と娘
と関西大学の学園祭へ
東日本大震災の後、ずーっと東北を支援している長谷川ゼミ生たちが 「笹かまぼこ」 を販売しているというのでエール
を送りに行きました。あと、ゼミ生の「きゃっし~」がベリーダンス
を踊るというので、こちらにもエールを
あいにくの雨模様
となりましたが、大勢の人が詰めかけました。娘
は、コスプレとかで元気な学生たちに圧倒されていました
14時からのベリーダンスに何とか間に合いました。まだ歴史の浅いサークルとあって、自由な雰囲気です。のびのびと踊っています
途中から雨が激しく降り始めましたが、みんな笑顔で楽しそうです
関大生のみんな、このサークルに入るよーに
ダンスの後、きゃっし~を捕まえました
がんばって練習してきたのが伝わってきて感動しましたぞ
よっしゃ~
「笹かまぼこ」 やさんです。焼きそば
、焼き鳥
、フランクフルト
……と、定番の模擬店が立ち並ぶなか、さすがは長谷川ゼミです
たにやんがみた限り、被災地への募金は別として、東北とつながった出店はここだけでした。Policy のある出店に拍手です
大学
は社会の一部であり、問題意識を感じたことに最も敏感であるべきです。学生らしさの原点です。みんな雨の中、元気に呼びかけていました
(うーちゃんもサボらずに売り子をしていました
) 左は 「きわちゃん」 です。来年2月から Sao Paulo のファベーラ Monte Azul で約1年間研修します。う~ん、やっぱりブラジル繋がりはいいな~
前日の夜、ブラジル日本交流協会の同期生・ブランカ姫
から電話があり「てつ君が来るそうよ
」って。マジかよ~。何で急にって、彼女もさっき連絡があったばかりらしい。しょうがないな~、てつ
ってことで、同期のガンジー君
&おおにょ君にも電話しました。ガンジー君は、ちょうど試合の合い間なのでOK
奇跡的です
おおにょ君は、あいにく東京出張で新幹線
で午後9時頃に新大阪へ戻れたらラッキーとのこと。こりゃ難しいな~
たにやんは仕事を19時前に終えて、ガンジー君&てつ君が待つ梅田DD HOUSE の「ビアブルグ梅田」へ向かいました。
いや~、てつ君とは交流協会の東京合宿で会ったけど、3人で会うのは1年少しぶりだな~。このお店の名物「オニオンブルーミン」です。今回は、黒ビールを飲み続けることにしました
西梅田から15分早歩きで来たのでうまいです
ブランカ姫
が到着するまでの間、てつ君が宮城県気仙沼市で取り組んでいる被災地支援活動のことや今日の広島でのこと等を聞きました。
今回は一時帰宅していた東京から広島に行って
、その帰りに大阪に寄ろうと思ったそうです。「昨日、広島に行こうって思ったんだ」って、急すぎるしー
ってことで、浅草の「人形焼
」と広島の「もみじまんじゅう
」がお土産です。う~ん、同系統の味でござる。
おおにょ君(右奥)、22時半すぎに到着
新幹線から、たにやん携帯
に「店の名前メールしてくれる」って、気合いの参加です
左奥は、ブランカ姫の友人・くわちゃんです。Singer
でもあるそうなので、ぜひ聴いてみたいもんです
初対面なのに、遠慮なくアゲアゲモード
で巻き込んでしまいました。ま、いいか~
近況報告のほか、交流協会の合宿での話、関西50キロ(70キロ?)ハイク計画など時間が全然足りず
ブランカ姫
、くわちゃん、たにやんは終電が早いので23時すぎには帰路へ。てつ、もっとゆっくりしたかった。ごめんな~。ん
来月、名取市で開催される「ブラジル文化でリフレッシュ!~癒しとリラックスのワークショップ~」でならゆっくり話せるか。なるほど~
いよいよ合宿最終日
です。この日のプログラムは8時半から開始予定でしたが、全体研修テーマである 「名取市の復興の現状を伝える」 が詰め切れていないということで、候補生たちは早出のミーティングです
決定した内容について、いしやん先輩(88生)が候補生たちにあてて聞いていきますが、内容がいまひとつパッとしません
このままでは、ブラジルで開催するイベントも結果が見えています
ということで、付箋を使ってKJ法を試みました。一人あたり2~5枚、「何が問題なのか」について書いてもらいます。
内容を分類するために、Ken先輩がホワイトボードに書きました。「Agora(現状) □ 情報を知らない □ 思いやる気持ちが少ない □ 真剣に考えていない □ 何ができるかわからない □ その他」 書けた付箋をカテゴリーに分け、候補生たちがペタペタと貼っていきます。
「□ 情報を知らない」ゾーンが圧倒的に多いです。そうですね。まずは 「知ること」 です。知りたいことをまとめて、Aki 先輩に率直に尋ねてみることから全てが始まります。そして、人に伝えられるほど深く知るには、名取市とどう関わっていく必要があるのか。それからは、候補生たちが考えるべき課題です。答えはそこまできています

いよいよ合宿もクライマックスです。参加者一人ひとりが感想を述べていきます。「大学では経験したことがないほど頭を使った」「ブラジルに行くことの意義が(少し)わかった」「まだまだ勉強しなければならない」など、さまざまな感想を聞くことができました。ブラジル縁
、これからスタートです。じいさん
&ばあさん
になっても、まじめにバカな話ができることを楽しみにしています。思いやり
をもって即行動できることが、交流協会らしさ
だと気づいてもらえたでしょうか。
OB&OGの持ち時間は3分でした。たきちゃん(98生)です。「言いたいことは、いっぱいあるんですけど……」 って、ちょっと困った顔をするたきちゃん、Charming です
自分に対しても、タイムキーパーしていました
かおりん(05生)が涙ながら
に話をした後、やまぴー(10生)が話し始めると、隣にいた「ゆかちゃん(04生)」と「かおり番長(04生)」がハンカチで涙を拭い始めました
やまぴーのことを候補生時代からみているだけに、成長が嬉しかったのでしょう
これもブラジル研修留学制度の醍醐味です。
ブラジル事務局の「ゆみこちゃん(04生)」です。彼女がいるから頑張れる
「いい加減な気持ちで行けるほどブラジルは甘くはないから。もっと覚悟を決めてください
」。そのとおりです。まだまだブラジル縁は始まったばかり。無事に帰ってきて、一緒に後輩たちを育てていかないといけないのです。
初日からフル参加だったKen 先輩です。写真係のほか、候補生たちと合宿中に個人面談も重ねるなどアクセル全開でした
本当にお疲れさまです
「俺なんかもう20年あまり事後研修をやってるんだから」。これは名言です。たにやんはまだまだ修行が足りませぬ
いしやん先輩(88生)とAkeshi先輩(86生)も、候補生たちを崖から突き落としながら、短期間で「交流協会でブラジルに行く意味」 を必死に伝えておられました。泣く子も黙る両先輩の深い愛情に包まれながら、後輩たちは新しいブラジル縁を築きあげています。感謝です

候補生たちの記念写真です
なぜ「ラジャ~
」のポーズなのかは、秘密です
候補生たちに、私たちが大切にしているものは伝わっただろうか。本気でブラジルにぶつかろうと “覚悟” してもらえたのなら、本当にうれしい。仁義を大切にすることで、一生付き合える仲間になれる。そして、世界が広がる
さあ、一緒に楽しみながら頑張ろう
合宿3日目は、午前8時半から 「全体研修テーマ」 でスタートです。前日の夕方に到着した「いしやん先輩」(88生)が、2012生たちが取り組むテーマについて詰めていきます。
のっこ(09生)も的確にアドバイスします。Aki 先輩の発表を受けて、2012生は 「東日本大震災のことをブラジルで伝える」 という方向性は決まりました。右は、ともちゃん(10生)です。
とにかく考える、考える、考える。ブラジルで何ができるか分からないけど、「これを伝えたい」 という何かを考える。17人いれば、考え方もさまざまです。時間が足りず、十分議論を尽くせず。結論は持ち越しに

11時すぎからは、候補生の決意表明です。ブラジルで 「これをやる
」 という宣言を皆にむかって行います。OB&OGの気迫に押されて、遠慮がちな決意が目立ちます。おいおい。ブラジルに行くんだぞ。言い切って自分にプレッシャーをかけてもいいし。
昼食後、午後からは 「個人研修テーマ」 の話し合い&発表です。これは、交流協会の伝統です。ブラジルを知らない若者が、“想像で” 研修テーマを準備してきます。毎回言っていることですが、テーマのない長期滞在は 「旅行者」 と同じです。そこで得られるものは知れているでしょう。実際のテーマがむこうで変わってもいいので、まずは考え抜いた “テーマ=滞在目的" を練り上げていくことでブラジルでの1年間は深みのあるものになります。
まずは、各自が画用紙を3分割して、「2011 2012 2013~」と上部に記入します。そして、その年に何をするか(can / want to / must )を記入します
文科省の国費留学で千葉大学に留学中のFabio君も駆けつけてくれました。言語学を専攻しており、日本語もとても上手です。候補生たちが書いた内容を興味深く眺めていきます。
3つのグループ(候補生5~6名ずつ)に分かれて、それぞれにグループにOB&OGも配属されます。たにやんは第3グループに。
各グループでの発表と質疑応答、修正に使える時間は100分です。かなり短いです。コーチングをしたいのですが、時間に押されてどうしてもティーチングが顔を出してしまう。たにやん、自分にイライラが募ってしまいました。候補生の中に答えがあるはずなのですが、待っている時間がない。すごいジレンマでした。まだまだ修行が足りないです

修正して出来上がったテーマを、各人が前に出て発表します。質疑応答を含めて10分です。まだまだブラッシュ・アップが足りない、荒削りなものが目立ちます。
サッカー関係3人組
は、まとめて発表です。それぞれのテーマに意見を述べ合うスタイルは面白かったです
これからうまく歯車が噛みあえば、シナジー(相乗効果)が発揮されると思います。議論を尽くして、ドンとぶつかって来い
シンプルですが、ポルトガル語と英語を磨き倒すというテーマは 「王道
」 ということで納得感があります。「汎用性が高い」 という表現がピッタリでしょうか。これを踏み切り台として、どこまで跳躍できるか
が楽しみです。
発表を受けて、最後にFabio君が日本語で講評を
「将来の目的を明確にせずにブラジルに行こうとする人が多いことに衝撃を受けた」という言葉は、特大ホームラン
でした。国際人たるブラジル人からするとビックリ仰天だったでしょう。これが日本の現実です。でも、1年半後をお楽しみに
候補生たち、がんばろうぜ
18時半からは 「レストランとっきー」 にて懇親会
です。「合宿には参加できないけど顔だけでも出したい」 というOB&OGが詰めかけます。乾杯の音頭は、ゾノ先輩(91生)でした。今回は、宿泊棟で同室でした。いつも温かい支援を、ありがとうございます
農園を営トッシーオ大統領(91生)も到着です。あー、色んな人と話がしたいんだけど、時間が足りない。同期の 「のりも」 も来てくれました。電話
で 「来いよー
」 って誘いました。楽しんでくれたようで何よりです。
司会は、まなみどん(左・09生)&やまぴー(10生)です。コラ、やまぴー、誰が肩を組んでいいって言ったー
Ken先輩、“日本ブラジルかけはしの会” として「てんしのわ」 の被災地支援活動に、募金を呼びかけます

これまた恒例の、候補生による「他己紹介」です。腹話術のように、相手になりきって紹介をします。されている本人の方が照れてしまいます

17人なので、3人組も登場です。「ゆりか」 の研修テーマは “浜松” ということで楽しみです。典型的な 「グローカル・シティ」 ということで、交流協会関係者はいつも注目しています。のっこたちとタッグを組んで、ここでブレイク
してほしいです。
ゆりかの足は、26センチということで、ブラジルに行ったら身長が180センチくらいに伸びるでしょう。楽しみです

候補生たちです。人数が多いと、覚えるのが大変です
でも、接するうちに、人となりが随分みえてきました。同期生として、まずは横のつながりを大切にしてほしいです。
ジャ~ン
夜の部に、同期生が到着です
左から、いかちゃん、みこ、てつ、そして、のりもです。同じ釜の飯
を食った仲間です。候補生の時、このオリセンで出会った仲間です。ホントにうれしいな~
(みこが、おでこがテカるのを防いでいるのがカワイイにゃ~
) 嬉しくて、思わず奈良にいる同期のブランカ姫
に電話してしまった
てつ&みこが終電前に帰るのを見届けたあと、前日の夜更かしがボディブローのように効いて、たにやん撃沈
いかちゃん&のりも、朝起きたらいなかった
夜中に牛丼食べて帰ったらしい。行きたかった。ごめんな~
今年もやってきました。ブラジル日本交流協会・2012年度研修留学候補生「第1回合宿」です
10月7日午後からスタートでしたが、たにやんは仕事があるため9日午前から参加しました。場所は、いつもの東京・代々木オリンピックセンター
です。
到着したのは午前9時半すぎ。思ったよりも温かいです。「東京は寒い」 と思って、革ジャンも持ってきたのに、不要でした
こちらは、研修のメイン会場 「センター棟」 です。
103号室を開けると、ちょうどポルトガル語
の時間でした。あ、たきちゃん(98生)だ~
ここで、全国から集まった研修候補生17名を前に、たにやん自己紹介
「ポルトガル語で
」って、しまった~。ヤバいタイミングで来てしまった。あ~、冷や汗
&反省
来年はもっとレベルを上げておきます。
午前の締めくくりは、「091012の時間」 です。交流協会のフレッシュなOB&OG(09生&10生)が、12候補生に研修報告をします。質疑応答も「遠慮なく聞いてね
」 って感じで、何でもありです。左から、あずちゃん、すーこ、やまぴー(いずれも10生)です。ブラジルでの研修生活について、候補生からは生活に密着した質問(日本から持っていった方が良いものってありますかー
等)が寄せられました。関西のエース
うーちゃんは、初日(7日)に参加して、大学のゼミ合宿に向かいました。たにやん、会えず。
エリカちゃん(09生)は、さすがの切れ味です
1年とはいえ、先輩としてうまく整理して、ブラジルでの生活を分かりやすく説明していました。
「何をしに交流協会で行くのか」 についての話、候補生たちも真剣な眼差し
で聞いていました。長期旅行とは違うものという意識が底流にあり、共感できる内容でした。でかした
たにやん到着後、間もなくしてAkeshi先輩(86生)が到着。ポルトガル語の時間が終わっていましたので、日本語で
九州からは、ともちゃん(10生)、ゾノ先輩(91生)が到着しました。
お昼ごはんです。メイン料理
は4~5種類の中から選べて、サラダバー
とデザート
は共通です。昨年も書きましたが、昔と比べて味が数段良くなりました
総勢30名あまり。時間が経つにつれて、全国からOB&OGがどんどん到着します。候補生は、ここ数年10名前後で推移していたものの、今年は17名。東日本大震災の影響が、予想とは逆の方向に働いたのかもしれません。
コマの冒頭には、たきちゃん先生
の指導によるボイ教室があります。合宿を通して、1曲フルで踊れるように少しずつ振り付けを指導していきます。写真の真ん中で、踊りが “半テンポ” 遅れる候補生がいます
午後は、Akeshi先輩による 「オリエンテーション」 でした。まず最初に、グループワークです。
“ブラジール市国
” という仮想の国について、さまざまな条件(人口や面積、主産業、GDP等)を設定し、各人にテーマに沿った問題点や施策を考えてもらいます。
その後グループ分けして、議論し、話し合われた内容についてリーダーが発表します。エネルギー政策が面白かったな~
って、たにやんは書記
をしていたので必死のパッチでしただ~
おっ
ぬるぬる先輩(88生)が到着です
到着すると、まずは名簿に記入をして名札を受け取って、適当なところに座ります。
そして、キリの良いところで 「この間に到着したOB&OGから挨拶を」 ということで、立ち上がって自己紹介をします。ぬるぬる先輩、1年ぶりにお会いできて嬉しかったです~

グループワークの後は、ブラジル日本交流協会の歴史についてお話が。1980年までさかのぼった説明に、時の流れを感じました。そこから数えると、OB&OGがもうすぐ800名です

右から、のっこ(09生)、エリカちゃん(09生)、かおり番長(04生)、たきちゃん(98生)です。たにやんも含めて、彼女たちもブラジルから帰ってきて 「事後研修」 をしていると考えています。年齢も、いま住んでいる場所も超えて、 “ブラジル縁” を軸に 「気さくにまじめに」 話せる関係がずっと続きます。人生における財産です

ゆかちゃん(04生)です。合宿をはじめ、候補生のための様々な段取りは彼女が中心となっています。ホント、いつもありがとね
後ろ盾のある団体ではないため、皆が真剣に取り組まないとダメな組織になってしまう。だからこそ、候補生やOB&OGに対しても厳しいことを敢えて言ってくれます。感謝です
関西からは、Ken先輩(90生)が初日から参加です。「全員生きて帰ってこないと、この制度は終わってしまう」。たにやんが学生の時から、Ken先輩に言い続けられた言葉です。今も同じです。この言葉の意味、年々重みを増しています。
出ました
出ました×10回
Aki先輩(90)が到着されました
たにやん、だけではなく、同期生(92生)男子の憧れの人です
思わずテンション上がっちゃいました
20年ぶりにお会いしましたが、輝きは変わらず
夕食後にある 「Cultura(文化)の時間」 のゲストです。
ということで、これからは 「Culturaの時間」 です。Ken先輩から、Aki先輩の紹介がありました
もちろん、「なぜ」 今回お話しをしてもらうことになったのかも。テーマは 「東日本大震災とブラジル」 です。
Aki先輩は、東日本大震災が起きる半年ほど前まで、宮城県名取市に住み、そこで地域の皆さんと触れあいながら2人のお子さん(小学生)を育ててきました。名取市、大津波で甚大な被害を受けた 「閖上(ゆりあげ)地区」 の被災前の生活感あふれる写真からは「本当に温かい町だったんだな」と感じました。幾つかの心温まるエピソードも紹介されました。
のように 「ここぞ」 というところで一丸となって 「たたみかける」 ところです。SOS
がOB・OG組織である「日本ブラジルかけはしの会」 を通じて広がり、義援金だけでなく当時もっとも必要とされていた缶詰などが関西等ですぐに集まり、避難所に届けられました。単なるブラジル好きな人たちの集まりではありません。正確に言うと、「誇り高き日本人として国際人たらんとする仲間たち」 だと言えます。
の不屈の精神を応援し、日本人の勇気をたたえてくれます。本当にうれしかったので皆に伝えます。やはりブラジル人は素晴らしいと思いました。」と。また、同期の 「おおにょ君」 がご夫婦で避難所を訪れて 「たこ焼き
」 を作っていたという話もありました。
を紹介しているところです。何度も消しゴムで消しながら心からの言葉を探した子どもたちの姿に心を打たれたそうです。「交流協会を通して得た仲間たちに心から支えられた。自分にとって何よりも大切な財産」 という言葉を聞き、多くの参加者が涙しました

の 「ぬるぬる先輩」 ですが、この前にちょっとしたハプニング
が。やまぴー&ぬるぬる先輩&たにやんが、夜の部の “買出し部隊” だったのですが、30Lくらいのキャスター付トランク3個
のほか、やまぴーはコンパクトに折りたたみ式の 「デカくなるバッグ
」 を持参。酒屋さんで入りきらないくらいジュースを買い込んだ後、ぬるぬる先輩は 「大丈夫だから
」 ってことでトランクの他に 「デカくなるバッグ」 に20本あまりジュースを詰め込んで肩に。やまぴー&たにやんはトランク1つずつなので、階段以外はコロコロと楽チンです
オリンピックセンターの宿泊棟まで歩くこと15分。噴き出す汗
でぬるぬるになるぬるぬる先輩
もうすぐ入り口ってところで、やまぴーが何かを思い出しました。「あっ
先輩すみません」って

懐かしい仲間の話をしました。そして、被災地で活躍されている先輩たちのお話も。Otomo先輩、会いに行きます。20年来の夢がかなって、ツーショット写真
って……。また誰か邪魔してるやん
たにやんにとっての合宿初日。この時点ですでに 「来てよかった
」 と心から思いました
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やまぴー、ぬるぬる先輩の超ぬるぬる(汗